『ガンニバル』ではストーリーの特性上、登場する子ども達のほとんどは生贄として捧げられて、死亡することが存在意義であるかのように描かれています。
そんな子ども達の中で異彩を放っているのが主人公・阿川大悟の娘であるましろで、最終回までのストーリー展開において重要な役割を担っています。
一見平凡そうな少女ですが、ある過去の事件がきっかけで声を発っせなくなるという年齢にそぐわない経験しており、十代に満たないその人生は既に波乱万丈です。
また供花村では後藤家の恨みを買った父親のとばっちりで誘拐され、何とか逃げ出したものの終盤では「あの人」に連れ去られて奉納祭の生贄とされます。
今回は『ガンニバル』の最終回でましろは死亡したのか、供花村に移住するきっかけとなった過去の事件についてお届けしていきます!
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ガンニバルの最終回でましろは死亡?
ましろは供花村で起こる事件に巻き込まれつつも、父である大悟の決死の行動により最終回でも死亡することはありませんでした。
ストーリーの最終局面で、ましろは奉納祭の生贄となるべく「あの人」に連れ去られて、来乃神の本尊で縛り上げられ食われそうになります。
しかし「あの人」が流す涙を見て「泣かないで」と言葉を投げかけることで、危機的な状況を脱するのです。
その一言で人の心を取り戻した「あの人」は、今まで食らってきたのが人間であったことを自覚して、ましろを食うことはありませんでした。
どんな状況の中でも、その本質を見ることができるましろだからこそ最後は「あの人」をも救うことが出来たのでしょう。
ガンニバルのましろの正体は何者?
ましろは特筆する要素のなさそうな平凡な少女ですが、元来明るい性格で人を見た目で判断せずその本質を見抜くことができる聡明さを持ち合わせています。
恐怖の対象ともいうべき「あの人」を前にして恐れることなく向き合えたのも、「あの人」の本質を見抜くことが出来たからだと考えられます。
そして他者の心の機微に敏感であることから、感受性も強いのではないでしょうか。
また巨躯と異様な雰囲気を醸し出している「あの人」に対して怯む様子がないところを見ると、肝が据わっている感じもしますね。
そこは警察官である父親・大悟と、気の強い母親・有希の性格が遺伝しているのかもしれません。
過去の事件や供花村での事件を考えると、ひと癖ある人間に好かれる傾向にあるのではとも思えますが、それはましろの持つ優しさ故ともいえるでしょう。
ガンニバルのましろが指を食べてた?
作中でましろが人肉を食べるという、直接的な描写はありません。
しかし最終回ではカニバリズムの片鱗を見せていることから、ストーリー冒頭で「あの人」が落とした指を食べていなかったとも言い切れません。
過去の事件でもカニバリズムの片鱗とも思える不穏な発言もしており、供花村で事件に巻き込まれてからカンニバリズムの一面が強くなった可能性もあります。
そして、最後の血を舐めるシーンがそれを示唆しているようにも感じますので、もし供花村でずっと暮らすことになっていたらいつかは食べていたかもしれません。
感受性が強いと思われるましろが、間近で人の血肉を見せつけられるような状況に居合わせたら、精神や思想に何らかの影響を受けても全く不思議ではないです。
ガンニバルのましろの過去の事件とは?
供花村に移住する5か月ほど前、ましろは近所に住む今野翼(こんのつばさ)という青年と交流を持っていました。
もともと今野には小児性愛の面がみられ、交流する間に今野はましろに対して好意を抱きますが、他の児童らに対する強制わいせつ罪で逮捕されてしまいます。
その後、拘置所を出たばかりの今野と偶然再会しますが、以前からましろが今野に対し友好的だったことに、大悟と有希は危機感を感じて近づくことを禁じました。
両親に心配をかけないため、ましろは今野の元を訪れてもう会えないと告げると、ましろを想うのならその方がいいと今野もまた別れを受け入れるのです。
一方、大悟は近辺の張り込み中に今野が少女と一緒に部屋に入ったという報告を受けて現場に駆けつけます。
しかしその少女がましろだと知ると一気に冷静さを失い、窓を破って中に踏み込んだのです。
ましろと今野のやり取りを知る由もない大悟は今野を殴り倒しますが、涙ながらに制止しようとするましろを見た今野は無理心中を図ろうとしました。
説得を試みるも今野は話を聞かず、ましろにナイフを突きつけたところを、大悟はやむを得ず発砲して今野を射殺します。
「お父さん、血の味がするよ」と偶然口の中に入った今野の肉片を見せながらましろの意識は途切れ、目を覚ました時には言葉と表情を失っていたのです。
ガンニバルのましろが言葉を話せない理由はなぜ?
ましろはが言葉を話せないのは目の前で人が射殺されるという、大人でも耐えられないような大きなトラウマが原因と考えられます。
ましてや射殺されたのが直前まで親しく話していた相手で、手を下したのが自分の父親だったら、その精神にのしかかる負担は計り知れないものだったでしょう。
また過去の事件以降は表情も失っており、いかに強い精神的ダメージを負ったのかが分かります。
それでも供花村に移住した直後には、表情は乏しいものの喃語(なんご:乳児が発する意味のない言葉)のような声を出して意思表示をしてます。
このような精神的なものから来る症状は改善に時間がかかるといわれていますが、大悟や有希がましろのためにあらゆるケアを施した結果なのでしょう。
ガンニバルのましろは病気?
身体的には実年齢に相当する体形で健康ですが、過去の事件が原因により言葉を話させなくなったことから、心因性失声症という精神疾患と思われます。
心因性失声症は声帯や筋肉に異常がないにも関わらず、トラウマや過度のストレスを受けることで声が出なくなってしまうものです。
治療方法は以下のようなものがあり、家族や周囲の理解とサポートが必要となります。
- ストレスの原因を見つけて心理療法やカウンセリングで気持ちを軽くする
- 薬物療法(抗うつ薬や抗不安薬など)を行う
- 療養に適した環境を整える
現に供花村に移住する(療養環境を整える)ことでましろの表情が明るくなり、病状は改善に向かっていた様子でした。
そして皮肉にも後藤家による誘拐や様々な暴行を目の当たりにすることで、ましろは再び言葉を取り戻すことが出来たのでした。
それでも言葉を取り戻す件はショック療法に近いような気がしますし、ストーリーをとおして見ると供花村でまともな療養ができたとは言い難いです。
まとめ
ここまで『ガンニバル』の最終回でましろは死亡したのか、そしてましろに起こった過去の事件についてお届けしてきました。
ましろが『ガンニバル』のキャラクターの中で、最も他人の痛みや悲しみに寄り添える心優しい子であることは、誰が見ても明らかでしょう。
死亡せずに言葉と表情と取り戻して最終回を迎えていますが、最後の最後であのような姿が描かれると、ましろの中に確かな闇が存在すると感じざるを得ません。
過去の事件と供花村での経験が要因の一つであるといえますが、元来ましろが持っていた闇の部分が表に顕現したとも考えられます。
光があるところにはそれに相当する闇も存在するように、もしかしたら元来明るい性格のましろにもカンニバリズムという深い闇が眠っていたのかもしれません。