週刊漫画ゴラクにて連載され2022年12月に完結を迎えている『ガンニバル』ですが、その最終回では様々な疑問が残されました。
駐在所の柱にいつの間にか刻まれていた「逃げるな」という言葉、誰かの切断された指を食む老婆、そして「あの人」の地下牢で発見されたメッセージなど。
最後まで読んだ読者の半分は、その終わり方に対して「どういうこと?」と疑問符を浮かべたかと思います。
意味深な描写やセリフが多々あり何ともスッキリしない結末でしたが、いろんな想像を掻き立てる終わり方でもありました。
この記事ではそんな『ガンニバル』の最終回に関する、「逃げるな」の意味から「どういうこと?」と感じた描写について考察していきたいと思います。
Contents
ガンニバルの最終回どういうこと?
最終回は異動となった主人公が供花村の最後の巡回や、燃え尽きた後藤家の現場検証に立ち会う場面が主となります。
後藤家跡地で和解の空気を見せる主人公と後藤恵介ですが、後藤洋介(恵介の弟)がそんな二人を見て前駐在・狩野治が遺した言葉を想起させます。
「『この村の人間は人を喰っている』、本当に喰っていたのは〝あの人〟だけか?」
この言葉と老婆が人の指を咥えているラストシーンからも、後藤家を潰すことで断たれると思われた供花村の因習はまだ終わっていないことが分かります。
そして主人公が「逃げずに自分の役割を果たす」と前を見据え決意を新たにすることから、戦いはまだ続くことを示していました。
この結末からは根付いた習慣というものはそう簡単には止められない、終わらせることができないということを暗示しているようにも思います。
供花村の村民全員が人食いだった?
全員かどうかは定かではありませんが、供花村の村人が人食いである根拠となる描写は作中でも確認できます。
- 奉納祭ではある時期から捧げられた生贄の遺体が忽然と消えていた
- 晩年の神山正宗(来乃神神社の神主)にはクールー病の症状が見られた
- 最終回のラストシーンで老婆が切断された指を咥えていた
供花村では700年以上昔から、村で祀る来乃神に生贄を捧げる(奉納祭)という因習がありました。
しかしそれは飢饉の際の口減らしを目的とした、現代人から見たらとても考えられないような忌まわしい因習だったのです。
生贄に選ばれた者は来乃神の本尊とされる祭壇に捧げられ、そのまま餓死させられますが、遺体が消えることから誰かが生贄を食べていたことが推測されます。
これらの因習は後藤銀が当主となった世代から後藤家に捧げることとなりましたが、それ以前から食人習慣は供花村に根付いていたのです。
食人習慣が受け継がれる村で生まれ育った者は、人肉に対する意識がほかの肉を食べることと同等であることが感じられます。
ガンニバルの漫画最終回の評価は?
各電子書籍サイトでは軒並み高評価の『ガンニバル』ですが、その過激なテーマと描写からレビューはやはり賛否両論となっています。
コミックシーモア | ★★★★☆(4.3) |
まんが王国 | ★★★★☆(4.2) |
BookLive | ★★★★☆(4.1) |
DMMブックス | ★★★★☆(3.9) |
連載終了から約2年経過していますが、戦いが続くことを予感させる結末から続編が描かれることを望む声も多くみられました。
そんな最終回を読んだ読者の皆さんは、どのような感想を持ったのでしょうか?
最終回が良かった意見と悪かった意見について次のような内容が目を引いたので、ご紹介していきます♪
漫画ガンニバルの最終回が良かったという意見
大団円かと思いきや、不穏な感じで終わったところが作品らしさが出ていた!
ただのホラーサスペンスで終わらず、キャラクターたちの物語に深みがありました。
最終的に主人公がみんなを救って死ぬっていう結末にならなくてよかったです。
疑問の残るラストでありながらも、作品らしさを感じられるところに評価が集まっていたように感じました。
そこにはスッキリさせず何かを思わせるような終わり方をすることで、読者の想像力を掻き立てるという作者の思惑もあるのかもしれません。
漫画ガンニバルの最終回が悪かったという意見
主人公や家族は助かったけど、モヤモヤするラストだった。
途中までは面白かったのに後味の悪い終わり方で残念・・・。
本当にこれで終わりなの?
やはり不完全燃焼な終わり方だったため、このような意見は多くみられました。
白黒はっきりしない結末を好まない人は同じような意見を持つことかと思いますが、これも一つの終わり方だと受け入れなければなりませんね。
どのような感想を持つかは読む人の感性によって変わりますので、それぞれ良かったという意見・悪かったという意見があって当然です。
ガンニバルの最終回の逃げるなの意味も考察!
「逃げるな」という言葉には、供花村の秘密を知った者に対して出ていくことは許さないという、警告の意味が込められているのではないかと考えられます。
でもそれだと単純な気もしますので、「逃げるな」と柱に彫った候補者を下記に絞って、その理由についても一緒にもう少し深く考察してみます。
- 阿川家を監視していた村人
- 阿川大悟(主人公)
- 阿川ましろ(主人公の娘)
最初に考えるのは阿川家を監視していた村人ですが、村の秘密を知った人間を囲うことを目的とするなら「逃がさない」と彫る方が伝わりやすいと思います。
次に阿川大悟が彫ったという線ですが、恐ろしい状況の中でも立ち向かえと自分を奮い立たせるためだと考えると、可能性としては十分考えられますね。
一番怖いのがましろが彫ったという線で、このメッセージを見ている際に柱のささくれ部分で怪我をして、滴る血をすすりながら不穏な空気を漂わせています。
普通の少女がカニバリズムに蝕まれた状態となり、これから食らう人間に対して「逃げるな」と言っているのだとしたら、考えただけでゾッとします。
いずれにせよ誰が彫ったのか判明していませんので、上記以外の何者かである可能性もあります。
逃げろと家の柱に彫ったのは誰?
「逃げるな」と同様に「逃げろ」と彫った人についても、誰なのか言及されていませんが、考えられるのは前駐在の狩野治とその妻・幸子の二人です。
主人公の阿川一家が転入してきたときには既に彫られており、後藤家や供花村の食人習慣について調べていたことから、狩野修である可能性は高いです。
しかし狩野治が後藤家を調べ始めたことで家族全員が村八分とされ、精神を病んでしまった幸子が彫ったということも考えられます。
また幸子は後に精神病院に入院することとなり、「逃げろ」と連呼しているシーンがあることも候補の一人として挙げあられる理由の一つです。
もちろんこの二人以外の誰かの可能性もありますが、状況や彫られている場所が駐在所であることを考慮すると、この二人が最有力候補となります。
まとめ
以上が『ガンニバル』の最終回に関する、「逃げるな」の意味や「どういうこと?」と感じた描写についての考察になります。
最終回では明かされることなく謎のままである事柄がいろいろあったので、読者の大半がモヤモヤしたのではないでしょうか。
特に最後の方の「逃げるな」が発見されるシーンは本当に不穏で、真相が知りたくなりますよね。
しかし残された謎やそこにどんな意味があるのかを考察することも、完結した作品の楽しみ方の一つです。
グロテスクな描写が平気という人はぜひ一度『ガンニバル』を読んでみて、そのラストがどういうことなのかを考察してみてください。